初めてフルマラソンに挑戦するマラソンビギナーのための

「初めてのフルマラソン完走ガイドブック」

フルマラソンは誰にでも完走できる。大切なことは自分にあった走り方を守りとおすこと。
脈拍数でペース管理し、疲労物質の蓄積を回避する科学的トレーニングのノウハウをフルマラソン初完走を目指すあなたに教えます。


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Q1.
 フルマラソンへ挑戦する楽しさとは何でしょうか?

●複雑かつ貪欲な欲求がヒトを駆り立てる  昨年わが国で開催されたフルマラソンの大会は約80大会、完走者は約8万人でした。さらにホノルルやボストンなどの海外組を加えると、約10万人もの人が42.195kmを完走したことになりますが、彼らを過酷なレースへ誘うものとは一体何でしょうか?
 現在の満ち足りた生活環境の中で何かに挑戦したい。心地よい程度の不安とリスクを感じたい。ある種の到達感、充実感を感じたい。しかも比較的短時間で達成できるもの。できたら友達と一緒に楽しみながら、自分の能力を試すことができるもの等など。 フルマラソンへの挑戦はこうした現代人の貪欲な欲求が複雑に絡み合った気持ちを満たしてくれるものではないでしょうか。

●「協働と競争」「夢への苦しみ」
 フルマラソンの前半は楽しいものです。小さな旅に出かける気分でスタートすれば、仲間との会話も弾みます。競争(競走)でありながら、周囲のランナーは皆共通の目標を持った仲間です。こう考えるとフルマラソンは「協働と競争」の理想郷なのです。
 フルマラソンの後半では「夢への苦しみ」の克服が求められ、ゴール時には苦しみを超え夢に到達した大きな喜びがあります。

●最後は科学的思考で「気持ちよく」自分に勝つこと
 しかし、ヒトの気持ちはいつも上昇志向で単に夢や忍耐だけでは気持ちよく走ることはできません。フルマラソンへ挑戦する上で最後に大切なのはこの「気持ちよく」完走することなのです。
 「気持ちよく」走るとは「楽しく」「楽に」走ることと「予定通り」勝つことの両面から達成されます。こうした「気持ちよさ」を得たいならば、ヒトは科学的思考に基づく仮説-テスト-評価に繰り返しトライしなければなりません。ここではこうした科学的思考に基づきフルマラソンに挑戦するためのトレーニングのヒントを提案します。「気持ちよく」完走することを覚えればあなたもさらなる挑戦をしたいという気持ちになることでしょう。

Q2.
 ランニングの科学的なメカニズムを教えて下さい。

●ランナーのエンジンは脚の筋肉にあり
 科学的思考に立ってフルマラソンに挑戦するためには、まずランニングの科学的なメカニズムを知っておく必要があります。
 車はエンジンがエネルギーを生みこれを車輪に伝えて走ります。ところがヒトは脚の筋肉がまず活動を開始し、筋肉の活動を維持するために続いて心肺の酸素運搬機能が活動を開始します。つまり、ランナーのエンジンは脚の筋肉にあると考えられます。
 しかし、脚筋は車のエンジンのように活動し続けることができず、結局心臓の助けを借りなければなりません。脚筋がひとたび活動し始めたあとは空気中の酸素を間断なく脚筋まで供給する心肺機能の強化が重要要件となります。

●まずランナーのスタミナは最大酸素摂取量できまる
 即ち、ランナーのスタミナは空気中の酸素をいかに多く活動筋に運ぶことができるかを表わす最大酸素摂取量とその維持能力によって決定されます。いかに優れたランナーでも最大酸素摂取量レベルで運動を持続しようとしても疲労物質である乳酸が筋肉中に蓄積し、5〜10分しか運動を維持することができません。
 長距離を走り続けるマラソンランナーは疲労物質の蓄積を防ぎつつ、最大酸素摂取量の何%かのレベルで走ることが重要です。例えば、一流ランナーは80〜85%、一般ランナーでは40〜60%が目安です。つまり、フルマラソンを走るために必要なのは、単位時間当たりの酸素供給量の大きさを向上させることなのです。

●あとは体重とフォームによるランニング効率が重要
 心肺機能向上により得られたスタミナを活用する上で重要なのがランニング効率の問題です。ランニング効率は特にランニングフォームと体重により左右されます。正しいフォームを身につけ適正水準に体重を維持することで、効率は飛躍的に向上します。
 この酸素供給量とランニング効率の向上は、以降で説明する科学的なトレーニングにより効果的に獲得することができます。

Q3.
 酸素摂取能力を高める科学的トレーニングの基本とは?

●脚筋への酸素供給と消費のバランスを維持する
 フルマラソンを走り切るスタミナは空気中の酸素をより多く、より長い時間にわたって活動筋に供給できるかで決定されます。
 言い換えれば、活動筋(脚筋)への酸素供給量と活動筋の酸素消費量のバランスが取れた状態で走り続けることが重要なのです。ではどのようにしたらこのバランスを保てるのでしょうか?

●例外なく誰でもAT点を超えると長く走れなくなる
 ランニングスピードを徐々に高めながら走る時に、酸素の供給量と消費量のバランスが崩れ始める点を無酸素性作業閾値(Anaerobic Threshold)といい、一般にAT(点)と呼ばれています。
 AT点とは筋肉中の酸素消費の結果生成される乳酸がある基準値(約4ミリモル)を超えた点を示しています。AT点を超えて走れば乳酸が蓄積し、例外無く誰でも最後には走れなくなります。
 一流のマラソンランナーがハイペースでレースを走り切り、直後にインタビューに応えられるのは、疲労物質である乳酸が蓄積しないAT点直前のペースで走ることの重要性をよく知っていて、しかもそのペーススピードが人よりも速いだけなのです。

●自分のAT点を知り、ATスピードを上げることが重要
 つまり、乳酸が蓄積しないAT点直前のペースで走り、このAT点をより速いスピードにすることがランナーの課題なのです。
 そのためには、まず自分のAT点を知ることです。しかしながら、実際のAT点測定は大がかりな準備が必要です。ここでは簡便な推定法を次章で紹介しますので、参照してください。
 さらに、インターバル・トレーニングのようにAT点よりも速いスピードトレーニングや、ファートレック走などのAT点を繰り返し横切るスピード走、AT点が出現しないLSD走などを組み合わせることで、ATスピード向上をがすることできます。
 レースに向けたトレーニングメニューについてはあとの章で詳しく紹介しますので、参考にしてください。

Q4.
 自分のペースはどの様に決めればよいのでしょうか?

●ペースを知ることとは、AT点を知ること
 フルマラソン完走のカギはペース設定にあり、フルマラソンではAT点に至る手前のスピードが自分の目標ペースとなります。
 AT点を調べるには血中乳酸値測定法と酸素摂取量と肺換気量のバランスが崩れる換気性作業閾値を測定する方法があります。

●400mトラックを使用して基礎データをとる
 しかし、いずれの方法も大がかりな準備・設備を必要とし、誰もが簡単に測定できるわけではありません。ここでは主観的運動強度と脈拍数からATを推定する簡便な推定法を紹介します。
 400mトラックを使用し、1〜2周を1クールとして一定ペースを維持して走ります。最初は1周を2分48秒(7分/km)程度からはじめ、1周10秒を目安に各回毎にペースを上げて何回か走ります。
 この時「セイコーパルスグラフ」を用いて、1周毎のタイムとスピード、脈拍と主観的運動強度(次頁表参照)を記録し、横軸にスピード、縦軸に脈拍と主観的運動強度をとりグラフにします。

●目標ペースは「ややきつい」脈拍数とスピード
 走行後にこのグラフから目標ペースを決めます。ヒトの身体は正直なもので主観的に「きつい」と感じるスピードではAT点を超えて乳酸が蓄積し始めており、フルマラソンを走り切れません。
 ハーフなら「ややきつい」と感じる程度のペース、フルなら「ややきつい」よりもやや遅いペースが目標ペースとなります。 表1は主観的運動強度に対する一般的な脈拍数を年齢別に示したものです。目標ペースは個人差が大きいのでこの表や過去のタイム等を参考にして推定して下さい。
 一度は30〜35kmをこの脈拍数とスピードで試しに走ってみます。フルを走り切るには30〜35km走っても余裕があることが大切です。「マラソンは30kmから」とか「マラソンは35kmで半ば」と言われるように30〜35kmからが頑張りどころです。最終的には試行錯誤で目標ペースを設定して下さい。

Q5.
 正しいフォームを身につけるトレーニングの基本は?

●フォームはピッチとストライドで決まる
 ランニングフォームは、エネルギー消費効率を決定づける重要な要因です。ランニングの効率を決定する要素には、ピッチ(回/分)とストライド(m/回)があります。ピッチを速くし、ストライドを伸ばすことが重要ですが、3分/km程度のペースまでは主にストライドを伸ばすことによりスピードが向上します。

●まずはストライドをのばすトレーニング
 ストライドは筋力と密接な関係があります。その筋力をつけるためには、まず自分のフルマラソンのスピードよりも早いペースで時々走ることです。次に脚筋の筋力トレーニングを行うこと、それに併せて腹筋、背筋の筋力トレーニングも大切です。
 ストライドを伸ばすためには上体が大地に垂直になるように上体を起こさなければなりませんが、その際には背筋力が必要です。ストライドは意識して伸ばそうとするとかえってフォームが崩れ、着地の際の衝撃が多くなります。筋力トレーニングを取り入れることにより、自然にストライドが伸びるようになります。

Q6.
 適正水準の体重を維持するトレーニングの基本は?

●エネルギー摂取量と消費量のバランスを心がける
 ランニング効率を高めるためには、体重を適正水準に保つことにより、エネルギーの摂取量と消費量のバランスを保ち、かつランニング時のエネルギー消費量を極小化することが重要です。
 一方、平均的な日本人の一日のカロリー摂取量はエネルギー消費量よりも200〜300キロカロリー多くなっているので、この摂取過多状態を解消し、適正水準の体重を維持することが大切です。

●食餌・運動併用療法がベスト
 エネルギー摂取過多を解消し適正水準の体重を管理する方法には、食餌療法と運動療法、食餌・運動併用療法の3つがあります。 食餌療法は摂取エネルギー量を抑制するもので消費量が供給量を上回るようにさせることで確実に減量します。しかし、脂肪だけでなく筋肉まで減らしてしまうため、健康的ではありません。
 運動療法は運動によってエネルギー消費量を増加させるものですが、食欲も自然と旺盛になるため大きな効果は期待できません。そこで一般的なのは食餌療法と運動療法との併用療法です。

●45分のゆっくりランと腹八分目を続けてみる
 まず、ゆっくり長く走ります。この時のスピードは「会話が交せる位」のスピード(約140〜180m/分)で、脈拍数でいえば100〜130拍/分程度です。このスピードを維持しながら走り続けると、体重1kgあたり1分間に0.135キロカロリーのエネルギーを消費するといわれます。つまり体重50kgの人が一日45分走れば、約300キロカロリーのエネルギーを消費することができます。
 そして食事は朝昼晩と3回取り、その都度腹八分に止めておきます。より積極的な体重管理を希望するならば夕食のごはんを一膳減らしてみてはどうでしょうか。こうした方法であれば、筋肉はほとんど減少せず、多くが脂肪の減少によって減量ができます。
 ただし、短期間に大幅な減量を狙うと体調をこわし、逆効果になることがあります。ゆっくりした体重管理を心がけましょう。

Q7.
 フルマラソンを完走するため のトレーニング条件とは?

●一週間に100km、3か月のトレーニングが第一条件
 フルマラソンのレースに挑戦し、完走するための第一条件は当り前のことですが、十分なトレーニングを積んでおくことです。 初めての挑戦者でも大会1ヵ月前までに1〜2度30〜35km以上を経験しておくことが理想です。「完走するためにトレーニングはどれ位必要ですか?」という質問をよく受けますが「最低でも一週間に100km走ることを3か月間続けることが必要」です。
 ここで言う完走とは42.195kmをゆっくりでもいい、一定のスピードで歩かず走り通すことを言います。歩かず走り通せばどんなに遅くとも5時間以内で完走することができます。

●短い距離を毎日走る?長い距離をまとめて走る?
 仮に1週間に100kmを走るとしますと、距離を平均化して1日平均14〜15kmを毎日走る方法もありますが、35kmを3日間走り4日間休養する方法もあります。
 「どちらの方法がよいでしょうか?」という質問もよく受けるのですが、一日の中でまとまった時間がとれないランナーは短い距離を毎日走るようにします。ですが、できるならば長い距離をまとめて走る経験を積む方が、ペース配分、筋肉や肝臓のグリコーゲンの貯蔵と消費、距離に対する不安解消に役立ちます。

●完走の第二条件は自分のペース配分を守ること
 フルマラソンを完走する第二条件は、ペース配分を守ることです。レース前3か月間の走行距離やコンディションによって異なりますので一概に理想のペースは言えませんが、レース前に30〜35kmの距離を経験しておくと自分のペースをよく把握できます。
 科学的に自分のペースを設定するためには、前の章を参考にして下さい。この時「セイコーパルスグラフ」を用いて脈拍数やランニングピッチ数などを参考にペースを検討すると、大会の雰囲気にも左右されないペース設定ができます。レースでの環境条件に対応したペース作りについては、後の章で説明します。

Q8.
 トレーニング計画を作成する 上で気を付けることは?

●バリエーション豊かで無理のないメニューを
 レースに向けたトレーニングメニューは、その人の体力や競技歴とこれまでのトレーニングの質や量、さらに目標タイムなどによって異なります。
 正しくは個人個人によってそれぞれ異なるトレーニングメニューを作成しなければなりません。ここでは自分のトレーニングメニューを作成する場合の留意点について述べておきます。大切なことは、豊富なトレーニングのバリエーションを用意することと無理のない日程で飽きの来ないメニューを組むことです。


(1)週2回は休養日とします。休養日には30〜90分ゆっくりジョギングし、心身ともリラックスしましょう。
※週2日の休養日を設けることで、疲労回復が促進され、故障の予防にも役立ちます。

(2)休養日の翌日はインターバル走やビルドアップ走などのスピード練習を行ってみましょう。
※休養明けはスピードトレーニングが効果的です。

(3)LSD走、ファートレック走、ビルドアップ走、インターバル走とスピード(強度)のバリエーションをつけましょう。
※大切なことはスピード=運動強度を変化させることです。
色々なスピードでの走行感覚を養いましょう。

(4)走る場所、走る仲間、走る内容等に変化をつけましょう。
※ただし、走路に見合ったシューズの選択、たとえば道路は弾力性のある新しいシューズを、
芝地やオールウェザーの走路では比較的使い古したシューズを使用するなど細心の注意を払いましょう。

(5)疲労は1週間単位で確実に取るようにしましょう。
※1週間で疲労が取れない場合はオーバートレーニングの危険があります。
翌週は質量を落としてみましょう。

(6)トレーニングの後は、トレーニング内容、距離、タイム、脈拍数、体調などをメモしておきましょう。

Q9.
 レース直前にやっておくことはありますか?

●レースの10日前からは調整に入る
 目標とするレースの約10日前からレースに備えて練習調整を行います。かつてはコンディショニングと呼ばれていましたが、今日ではピーキングあるいはテーパリングと呼ばれています。
 レース約10日前には実質的なトレーニングは終了していなければなりません。この調整期に入ってからトレーニングを開始するヒトがいますが、それは無謀です。レース約10日前に実質的な練習が終了するように事前から計画を立てておくことが大切です。

●当日のタイムテーブルを作成し、準備を怠らない
 調整期で大切なことは、まずレース当日の起床時間からスタートするまでのタイムテーブルを作成することです。次に事前に準備をすべきこと、たとえば朝食の時間とメニューなど、自分以外のヒトが関与する時には十分に打ち合わせをしておくことです。
 乗り物に乗る場合には、切符の手配などを早めに行い、スタート時間からみて十分余裕ある行動が取れるようにしておきます。

<タイムテーブルの作成例>
6:00 起床(用便、歯磨、洗顔など)
6:30〜7:30 体操や軽い散歩(ジョギング)
8:00 朝食(メニューは事前に確認のこと)
8:30 持ち物を再点検、着替える
9:00 旅館を出る
9:30 現地到着
10:00   軽食(バナナ1本、ケーキ1個、缶コーヒー1本)
10:30   選手登録をすませる
11:00〜11:30 ウォーミングアップ
11:30 トイレを済ませ、レース用の服装を整える
シューズの靴紐を点検する
11:50 スタート地点で号砲を待つ
12:00 スタート
Q10.
 レース当日の状況に合わせた ペース配分のコツは?

●レース当日の状況に対応するペース配分が必要
 ペースについては事前に十分検討を行います。事前におおよその目標ペースを決めてはいるものの、レース当日、いつもの気象条件や身体のコンディションが保証されるとは限りません。
 実際にはレース当日の気象条件や体調などの状況に合わせた状況対応的なペース配分が必要となります。

●気象条件や体調の変化もすべて脈拍数に表われる
 そこでトレーニングの段階で目標ペースが決まると何度かそのペースで走ってみて、その時の脈拍数やランニングピッチ数を調べておきます。レース当日たとえ暑くなっても、からだの調子が今ひとつと思っても、脈拍数さえキープして走れば、気象条件やからだの調子を加味したペースで走ることができます。
 ランニング時の脈拍数は気温や体調による状況の変化を見事に表わします。不安になりがちなレース中も信頼のおける指標となりますから、ぜひ試してみて下さい。
 絶好のマラソン日和で、身体の状態も最高ならば、ランニングピッチ数をコントロールして走るのも作戦です。こうした場合には、より速いペースでのランニングも可能になります。

●最初の5kmはペースを守り、体調をうかがう
 多くのランナーが陥りやすい失敗は、スタート直前の雰囲気に飲まれてスタート直後のペースが予定よりも速くなることです。
 最初の5kmはその日の体調をうかがうつもりで、脈拍数によるペースコントロールを確実に励行して下さい。
 5kmを過ぎると自然にペースが安定してきます。この段階になったらすべての条件を冷静に判断してランニングペースを決め、脈拍数あるいはランニングピッチ数を再チェックします。
 これらを守れば「楽しく」「楽に」走ることと「予定通り」勝つことの両方を実現し、まさに「気持ちのよい」フルマラソン完走を達成することができるでしょう。ぜひ挑戦してみて下さい。